将棋の「しょ」の字も知らない僕が将棋を題材にしたライトノベル「りゅうおうのおしごと」を手に取ったのは、わずか1週間前のことだ。
もともとこの作品を書いている白鳥士郎先生の「のうりん」という農業高校を舞台にした作品が好きで、見開きページを使ったギャグや細かく散りばめられたパロディ、そして著者自身が農業高校を取材に行って学んだ事柄が多彩に扱われていて読むのが楽しかった。
「りゅうおうのおしごと」という作品は「のうりん」の11巻(現13巻)が出ていることから刊行され(2015年)、その時点で読み始めることもできたのだが、「のうりん」が終わるまでは待とうということで今まで待ってきた。
しかしなかなか終わらず、この度アニメ化が決まったということでそろそろ手を出してみようと思ったのだ。
僕は原作ありの作品のアニメ化が決まった場合、あらかじめ数作を数巻読んでおくことが多い。
ライトノベルの場合は1巻読むのに時間がかかるため1冊程度だったりするのだが、白鳥士郎先生の作品だったため、現在6巻出ているうちの5巻をまとめ買いした。
タイトルでわかるとおり、主人公・九頭竜 八一(くずりゅう やいち)は将棋のプロであり、「竜王」という名誉あるタイトルホルダーである。
中学生(15歳)でプロになり、16歳の時に「竜王」となる努力と才能の持ち主だ。
この作品はこの「竜王」である八一と、弟子である雛鶴 あい(ひなつる あい)やその他の仲間や友たちと共に戦い成長していく物語。
そして八一がロ●コンとして目覚めていく様や、それを日本中に認知され引かれていく様が描かれている。
さて、将棋を知らない僕のような人にとってこの“竜王”というタイトルがどれほどすごいものなのかというものはよくわからない。
しかし劇中であいが、一番偉いと言っていたことからかなり高位のタイトルだということはわかった。
実際主人公である八一がプロとして戦う姿はそこまで多くない。どちらかというと弟子のあいや、また年上の妹弟子・清滝 桂香(きよたき けいか)などの成長や葛藤を描いている方が多いかもしれない。
また姉弟子の空 銀子(そら ぎんこ)、その他の個性的なキャラたちとの関わりを丁寧に書き、一人ひとりを重要な人物に仕上げることで、特に5巻の竜王防衛戦での八一の戦いぶりに結びついているのではないかと思う。
竜王・八一の戦い
個人的に好きな話は、その中でやはり数少ない八一の戦いである。
山刀伐 仁八段戦
3巻での山刀伐 仁(なたぎり じん)八段戦。そして5巻の竜王防衛での、神と呼ばれてる圧倒的強さを誇る名人との対局だ。
八一がどれほど強いのかというのは、3巻を読むまでははっきりしてこなかった。中学生にして棋士になるなどかつて数人しかいないような才能の持ち主だということは頭にあったが、いまいちそれがピンとこなかった。
少し前に、藤井 聡太(ふじい そうた)四段が29連勝したという話題がニュースで毎日のように取り上げられていたが、八一は竜王となってから11連敗しているということで、プレッシャーに弱い人物として認識していた。
実際に山刀伐八段にも連敗し勝ったことがなく、3巻でも最後の最後まで誰もが負けを疑わなかった。
そんな女流棋士ではない桂香ですら勝てると思っていた状況での「奇跡」。
八一は極限での状況で運を味方につけ、そして読み合いに勝利した。
その時の圧倒的「熱さ」。僕はこの時今までライトノベルで感じたことのない興奮を覚えた。
なにも知識がなく、金や銀の動かし方も本当に知らない僕が将棋の本を読んでハラハラしているのだ。
肉体戦のバトルものでもないこの戦いを、まるでその場にいるかのような緊張感を与えられ読んでいる。それがとても嬉しかった。
対局の描写はライトノベルの域を超えていると思う。それほどまでに緊迫した状況、キャラクターの思考が読者にダイレクトに伝わってくる。
一般文庫にはない挿絵という武器も加わり、より一層迫力が伝わるのだ。
名人戦
名人との対局はこれもまたすさまじかった。山刀伐戦以上に。
名人というのはどれほどすごいのか。
ちなみに名人というタイトルは、加藤 一二三(かとう ひふみ)九段も所持していた。
あのキャラクターだと強さがとてもわかりづらいのだが、劇中ではとにかく最強であり、ヒカルの碁でいう塔矢名人のような存在。
将棋好きなら軽々しく「ひふみん」などと呼ばれていることを腹立たしく思うだろう。
実際名人となる人は、負けるところが想像できない、そんな圧倒的強さを持つ人なのだ。
タイトル獲得99期で、永世六冠(6タイトル所持)。「竜王」を獲れば永世七冠として国民栄誉賞が得られる、八一はそんな状況での対局をすることになった。
竜王になる(防衛する)には先に4勝する必要がある。
1戦目、八一は自分が絶対こないだろうと確信していた手を突かれ負け、2戦目、3戦目もその流れで負けた。
その後の八一の苦悩が良く描かれており、他の人に八つ当たりしてしまう様や、高校生にして竜王となったことを快く思っていない関係者の言葉を聞いてしまったりと、あと一敗でタイトルを失う状況でのメンタル描写が見事だ。
その後の立ち直るまでの流れや、それまでのシリアスが嘘だったかのように思える白鳥士郎先生独特の描写も相まって爆笑できるのも、ライトノベルだからこそなのではないだろうか。
さて、負ければ終わりという状況での4戦目で、僕は明日朝が早いというのにいつもより1時間夜更かしして一気読みしてしまった。
それほどまでに手に汗握る戦いを見ることができた。
結果はまだ読んでいない方がいればぜひ自身の目で確かめてもらいたい。
そして、この5巻には少し特殊演出が施されているのにも注目してほしい。
通常本と言うのは、最後の最後に著者のあとがきが載せられており、そのあとは発行日など書かれたページで終わる。
この巻はあとがきのあと、エピローグがある。
ここで僕は「そうきたか」と思った。
この演出は好きすぎる。6巻まで持ち越すと思った内容をこうまとめるのか、と。
正直ここでこの作品は終わってもいい。
それほどまでに完成された5巻だった。
あとがきでも、本来5巻で終わらせる予定だったとあった。
ここまできれいにまとまっているのだから、たしかにここで終わるのも手だ。
でもやはり終わってほしくない。こんな素晴らしい作品に出合えて1週間で別れるのは嫌だと心の底から思った。
でも安心していいらしい。
6巻も出ていたし、7巻までは出る目途が立っている。僕はすでに限定版を予約した。
著者が一番書きたかったテーマ
また注目したいストーリーはまだあるので紹介しておこう。
著者が一番書きたかったと言っている3巻での桂香の苦闘や葛藤。
女流棋士になるための年齢制限というものが、いかに残酷であるかを知ることができた。もともと将棋と言うものは、中学・高校で始めても遅すぎるらしい。
幼少期から駒に触れ、対局を重ね、そして一番重要なのは努力もそうだが才能の有無。
プロの娘であっても決してその才があるとは限らない。どれだけ勉強しても才がある者に遠く及ばないなんてことはよくある話だ。
ヒカルの碁でもこのあたりのテーマは描かれていたが、本気で将棋を好きでいる人たちにとって、周りに、それも年下に勢いよく抜かされていく気持ちは想像することもできない。
会社でいえば自分だけが取り残されて、後輩たちがどんどん出世していくようなものだろうか。ひと回りも年が離れていく有力新人が現れ、その年下がいずれ上司になる。
そうなれば当然周りからの自分の評価・目が気になるものだ。いくら自分が努力しても報われないことはある。そのような状況を考えるとなかなかゾッとする。
桂香の場合、状況はもっと辛いだろう。
父は竜王である八一と女流二冠・銀子の師匠で九段。八一と銀子はそれぞれ兄・姉弟子という関係で、2人は将棋界で有名な人物。
一つ屋根の下で暮らしたことがあったそんな姉弟のような関係。そんな2人があっという間に遠くへ行き、しかし自分は25歳までアマチュアとしてくすぶっている。
3巻はそんな桂香の物語。
これで負ければ後がない。あと一回負ければ女流棋士としての資格が絶望的になる。そんな状況での魂溢れる対局だった。
そして棋士である父と娘。その関係が再び強まったのも見ていて感動できた。
この3巻を読み終わってから、もう一度冒頭を読み直してほしい。
きっと泣けるから。
桂香さん結婚してください。
2人の“あい”。師弟としての絆と愛
白鳥先生の本は、基本的に面白(ギャグ)要素が多い。りゅうおうのおしごとも対局以外はアホなことをやっていることが多い。
この絶妙なバランスが心地よいのだ。
この作品は八一がロ●コンという疑惑が世間に浸透していく流れを楽しむだけではない。
上で述べた将棋の熱さ、また八一の弟子であるJCヒロイン・“あい”と“天衣(あい)”。この2人との今後の関係にも注目していきたい。
あいとは5巻で一気に距離を縮めることができた。周りから事後だと思われるほどに。
さらに天衣(あい)との関係がまだそこまで深まっていないように見えて、天衣の本当の気持ちをうかがい知ることができた5巻だった。
2人の“あい”が、今後女流棋士としてどこまで成長することができるのか大きく期待したい。
まとめ
2017年11月の時点でリアルに丁度「竜王戦」をやっていたため、まさにドンピシャなタイミングで読み始めた「りゅうおうのおしごと」。実は意味も分からないのに本当の竜王戦の棋譜を見たりしている。
本当に知識がない(未だにないが)僕が将棋に興味を持てたのもこの作品のおかげだ。
この作品は対局の様子がすべて文字で起こされているが、素人でも対局での優劣が理解できるように書かれている。
今僕が本気で一番おすすめしたいライトノベルは「りゅうおうのおしごと」である。
様々な賞を得ている本作品、将棋が趣味の方はもちろんド素人でも楽しむことができるため、ぜひ手に取ってもらいたい。
ただし、人に勧めるときには注意が必要だ。1巻冒頭がとても変態なので・・・。
2018年1月にはテレビアニメも放送スタートする。
早くあい(CV:日高里菜)の「ふぇぇ?」が聞きたいものだ。
ありがとうございます(^^)
— 白鳥士郎 (@nankagun) 2017年11月7日
あ、お返事来た。